とんだ誤算

世の中にはいろんな人がいる。あたりまえだ。

だから、街中でちょっと「あやしい」人々を見かけたら、それぞれの行動や風体にはちゃんとしたワケがあるのだと思うようにしている。

そして願わくば、私にもそのような寛容な視線を投げかけてもらっていると思うようにしている。

夜の9時をまわった頃に住宅街の道端にしゃがみこみ、懐中電灯で草むらを照らしながら何かを探す「あやしい」人——それが私だ。もし私が私みたいな人を近所で見かけたら、ぜったいに避けて通りたいところだ。

そんな私は、草むらに埋もれながらある急務を遂行していた。生きたままのアブラムシを探し出さなければならない。アブラムシを調達しなければ、家に住まわせているヒキガエルの幼蛙が餓死してしまう。

日中に子どもたちと一緒に探していればまだ怪しまれなかったと思うのだが(なにしろ子どもはおふざけのカムフラージュになるから)、ヒキガエルが思ったより早く上陸してしまったので、私はとても焦っていた。

金曜日に娘がオタマジャクシを拾ってきた時にはまだ長い尾がついていた。ところが土曜日の夕方に外出先から帰宅したところ、尾はあとかたもなく消え、ちゃっかり上陸してしまっていた。

変態したばかりのヒキガエルの幼蛙は全長一センチに満たない。その小さなお口に入るエサといったら、土壌にひそむ得体の知れないミジンコレベルの虫たちや、アブラムシだ。アブラムシもいろいろな種類がいるが、赤いやつは攻撃的だからエサとしては不適切で、緑のやつがおとなしくて一番おいしいとされているようだ(たぶん)。

夜の闇に紛れて私は緑色のおいしいアブラムシを探していた。家でお腹を空かせて待っているヒキガエルの幼蛙のことを想い、怪しまれてもかまわないというおかしな自信さえ抱きながら。

深夜に道端でなにやら懐中電灯を振りかざしているオバサンを見かけたら、どうか寛容な心で見守ってほしい。たぶん、害はない。

 

 

 

 

 

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